【2023年】今年読んだすごい本ベスト10【読書ブログ】

【2023年】今年読んだすごい本ベスト10【読書ブログ】

今年もたくさんの本を買い、そして読んだ。

後日記事にするが、私は今年341冊の本を買っているらしい。どうかしている。折りたたみベッドの展開は窮屈になったし、4つある本棚にも納まらなかった本がタワーを形成しているし、居住空間がほぼ倉庫と化した。

341冊のすべてを読んだわけではないが、その1/3くらいは読めたと思う。この記事では今年出会った本のなかからとりわけ面白かった本、おすすめしたい本を10冊ピックアップして紹介したい。

①『ヨーロッパ中世象徴史』(ミシェル・パストゥロー、白水社、2018年)

2008年に同名で発刊したものの復刊にあたる。パストゥローは1947年パリ生まれの歴史家で、専門は紋章学だが、動植物の歴史や人間と色彩の関係史など幅広い研究対象で知られており、この著書も研究成果のひとつだ。

中世ヨーロッパの市民にとって、想像の世界は日常を構成する一部だった。そして、動物や植物、色彩のような象徴はその想像界との橋渡しを担っていた。

これは信仰やスピリチュアルな感じ方に限った話ではない。

たとえば、木を伐採する鋸は嫌悪の対象だった。鋸が繊維をずたずたに切り裂くのを中世人は残酷だと考え、さらには聖人の殉教とも結びつけた。そこから鋸を意味する波線は直線や曲線と比べて価値が低いものだと見なされ、秩序から外れた裏切り者の騎士や死刑執行人、私生児などの紋章に用いられた。

本書ではこういった象徴と市民生活、そして教会や国家の関係が記述され、さらにはその変遷や関係、象徴をあしらう加工技術の進歩までも知ることができる。

もちろん学術的関心を大いに刺激する一冊だが、それ以上に本書は『金枝篇』や『遠野物語』が有するような文学的な魅力を醸し出していると私には感じられた。これ自体が上質なファンタジー作品であるかのような、深い面白さがある。

今年の8月に購入した本書は、秋から冬にかけて眠れない夜のお供になった。本書のおかげでいい夜を過ごすことができたし、想像力を働かせるいいリハビリになった。

②『中世教皇庁の成立と展開』(藤崎衛、八坂書房、2013年)

西方教会、もしくはカトリックの総本山であるローマ教皇庁。その内情は神秘のヴェールで包まれており、ほとんどの人間が具体的なことを何も知らないか、教皇庁自体を認識していない。

本書はそのローマ教皇庁を政治的・社会的な有機体として紐解いた組織史だ。教皇庁にはどのような役職が置かれたか、給与はどの程度か、部下は何人いたか、どこのローマ貴族が歴任したか。中世中期教皇庁の全容が明らかになっている。

これはとんでもない労作だ。

教皇庁、もっと広く言えば教会の組織史は俗権力の組織史に圧され、しばしば軽視されてきた。近年の歴史学の流行である生活史においても信仰生活はあまり重視されていないし、信仰生活を含む市民の日常を支える教会の存在も国内においては過小評価されているように思う。

歴史学的関心から購入したことは確かだが、今の私はむしろ本書を土台にお仕事ものの宗教ファンタジーが書けないかと画策している。カジュアルな『天使と悪魔』のような。

今年の1月に購入した当時は18,000円ほどで入手することができた。今見ると50,000円ほどで取引されているようだ。得な買い物をしたと一瞬嬉しくなったが、そもそも定価は9,800円+税なのだから得も何もあったものではない。

③『魔術の歴史 氷河期から現在まで』(クリス・ゴズデン、青土社、2023年)

魔術の本を買おうとすると必ず直面する問題がある。その本が実践者によって書かれているか、もしくは実践者の資料を鵜呑みにしている可能性があるということだ。

必ずしもそれが悪いというわけではない。ただ、魔術の実践者が書く魔術の本というのは「それを信じる者、信じようとしている者」に向けた入門書ということがほとんどで、多くの場合はスピリチュアルなレッスンに頁が割かれている。私はホグワーツからの手紙が届かなかった時点で魔術師になることを諦めている。

オクスフォード大学ヨーロッパ考古学教授のクリス・ゴズデンが考古学・人類学の手法から編纂した魔術の歴史である本書は、実践者としての視点は極力取り除かれ、魔術が社会においてどのような地位を得て、どのような役割を果たしていたかが記述されている。

ギリシアの魔術と宗教、そして社会の深いかかわり。その魔術文化がアレクサンドロス大王の征服によって北アフリカに広まり生まれた、ギリシア=エジプト魔術。そこからアラブの侵略によって、後には錬金術や自然哲学の礎が築かれた。

この歴史的つながりと結びつきを辿る旅はオカルト趣味としてではなく、人類の社会的営みとしての魔術を露わにしてくれる。

おそらく私は神秘的な活動が社会的な営みとして役割を果たしているという意味での実践が好きなのだと思う。ミサが地域住民の交流の場になっていたり、なまはげの巡回が健康状態や家庭環境の確認も兼ねていたりする、その社会と神秘の重なりが好きなのだ。

④ “The A to Z of Victorian London” (Ralph Hyde, Harry Margary, 1987)

これまで紹介してきた本とは全く性質が違う。これは地図だ。ただし、19世紀ロンドンのものだが。

私はヴィクトリア朝ロンドンを小説の舞台に選ぶことが多い。産業社会の始まり。現代の感覚と連続した、しかし情報社会に到達する一歩手前の時代。とても魅力的な時代だ。

しかし、現代日本で生きる我々にとってヴィクトリア朝ロンドンの地理はイメージがまとまりにくい。山手線の一駅くらいなら歩く。では、ヴィクトリア朝ロンドンの鉄道で一駅とはどの程度の距離があるのか? 辻馬車に乗るべき距離なのか?

なくてもいい資料ではある。読者も知らない情報なのだから、そこを正確にすることにこだわるよりかはもっと他の部分をクオリティアップしたほうがいい。しかし、イメージできない世界を書くというのは常にディティールが欠落する危険性を孕んでいる。

大きな市場のある通り、治安の悪い地域、客船の発着場。どこに何があって、距離としてはどの程度離れているかを可視化できた。これはかなりの収穫だった。

⑤『なぜ原爆が悪ではないのか アメリカの核意識』(宮本ゆき、岩波書店、2020年)

映画『バービー』のSNSアカウントが炎上したのを機に購入した。風が吹けば桶屋が儲かるの一番嫌な実例のひとつかもしれない。

著者の宮本ゆきはアメリカのシカゴにあるカトリック系のデュポール大学で倫理学の講義を受け持つ准教授だ。本書ではアメリカの核意識とその土台にある核兵器についての「語り」が明らかにされている。もちろん、広島・長崎の話もする。

原爆はアメリカの最も新しい神話だ。アメリカでは「原爆の投下が戦争の終結を早め、アメリカ兵の帰還を助けた」と語られ、核は国を守る盾と見なされている。核の危険性は「制御すればよい」という楽観視によって圧殺されるか、そもそも理解されない。

私の一族は生まれも育ちも代々関東だから、核と直接のつながりは薄い。なんなら原子力発電所の話すらあまり身近とは言えない。

日本人であるから当事者だ、とくくるのなら、投下したアメリカ人も当事者ということになるのではないか。原爆の投下国であり核保有国であるアメリカでは核兵器についてどのような認識が一般的なのか。これは知っておいて損のないことだと思う。

⑥『新装版 世界動物神話』(篠田知和基、八坂書房、2023年)

2008年に発刊したものの復刊。篠田知和基による世界神話シリーズの一冊で、同シリーズには『世界昆虫神話』や『世界風土神話』、『世界失墜神話』などがある。

世界の動物神話を5部19章にまとめ、地域ごとではなく動物ごとに各地の神話や昔話を見ることができる。編纂は丁寧で、たとえば狼と犬は独立した別の章として整理されている。

こういった本には民俗学的好奇心が強く刺激される。同じ動物でも地域によって昔話などで見出される動物相が全然違うかと思えば、遠く離れた地域でよく似た伝承があったりする。動物の生態と人間の想像力について考えるととてもワクワクする。

比較神話学の第一人者である篠田は今年80歳だ。私が80歳になったときに何十冊何百冊と本を読んでこのような大作を仕上げられるかと問われると、全く自信がない。偉大な人だと思う。

『ヨーロッパ中世象徴史』と併せて、今年は象徴学への関心を深めた一年だった。

⑦『新装版 クリミア戦争』(オーランドー・ファイジズ、白水社、2023年)

2015年に発刊したものの復刊。17世紀末から続いた露土戦争の一端であり、初の世界大戦であるともされるクリミア戦争の戦史。

19世紀の戦争はあまり本が出ていない。クリミア戦争もそうだし、英露間のグレート・ゲームとその過程で展開されたアフガン戦争も日本語で読める資料はほぼないのではないだろうか。

ナポレオンの時代が終わり、産業革命によって戦争の様相が変化しはじめる。当然、軍人たちの価値観も過渡期にある。騎士道精神と官僚精神の狭間、そのゆらぎが観測される戦争がクリミア戦争だ。

避けては通れないとわかってはいるのだが、戦争の話があまり得意ではない。人死にが数字として処理されていく無機質さが苦手なのかもしれない。そういうわけで、戦史にはあまり触れてこなかった。せいぜい『ナポレオン戦争従軍記』を読んだくらいだろうか。

読んでみると存外面白かった。史実を戦記として楽しむのはあまり行儀のいいことではないが、歴史上私が楽しんで読める最後の戦史かもしれない。

⑧『天使と悪魔 ヴィジュアル愛蔵版』(ダン・ブラウン、角川書店、2006年)

『ダ・ヴィンチ・コード』で知られるロバート・ラングドン教授シリーズの第一作、その愛蔵版だ。

ヴァチカンを舞台にしたサスペンス・ミステリーである本作は、実在の建築や宗教美術が多数登場する。ラングドン教授は矢継ぎ早に解説をつけながら縦横無尽に飛び回るわけだが、生憎とタイトルと作者を言われただけでぱっと見た目が浮かぶほど私は教養のある人間ではない。

このヴィジュアル愛蔵版は大量の挿絵(それも、実物のカラー写真)によって問題を解決している。さながら『天使と悪魔』をテーマにした展覧会の図録と言ったところか。

本作に限った話ではないが、挿絵があったほうがわかりやすい作品というものは確かに存在する。たとえば、戦記の合戦シーンで軍全体の陣形を文章で書き起こすよりは、図式化して1ページに貼り付けてしまったほうがはるかにいい。

好きな作品をより読みやすく、かつ魅力を120%引き出したいい本を手に入れたと思う。こういうヴィジュアル愛蔵版は今後も出してほしい。『薔薇の名前』はまさにその手の本がほしい筆頭だ。

今確認したところKindleで電子版が出ていた。電子化のクオリティにもよるが、出先でも気軽に本書を読めるというのはとても素敵だ。

⑨『地図と拳』(小川哲、集英社、2022年)

第168回直木賞受賞、第13回山田風太郎賞受賞。紹介するまでもない話題作だ。

日露戦争前夜の1899年から半世紀、日本と満州の関係を何人かの視点で描いた歴史ドラマ。濃密で人間臭く、少し時間を空けてしまうと誰が誰だったかわからなくなる。面白いと思う一方で、読むのに体力を使う作品でもある。

大まかに分類するなら時代小説、それも戦争を扱ったものになるのだと思う。しかし、本作のスタイルはむしろヒューマンドラマの連続に近い。かといって戦史として薄っぺらいわけではない。『Q』(ルーサー・ブリセット)のような趣があった。

かなり骨太の作品だ。元々私はアジア史があまり得意ではないから、本作が史実にどこまで忠実なのかはわからない。ただ、そのドラマ性には引き込まれるのに十分なリアリティがあった。

内容だけでなく、本そのものがひどく分厚い。基本的に小説は紙で読んでいるが、この本のためだけにそのこだわりを捨てようか悩まされた。

⑩『聖乳歯の迷宮』(本岡類、文春文庫、2023年)

今年買った最後の本だ。これが最後でよかったと思う。

ナザレで発掘された「イエスの乳歯」からホモ・サピエンスのものとは異なるDNAが発見されたことから始まる、世界を巻き込んだ壮大なミステリー。宗教と歴史が現代社会と絡みあう濃密なドラマから、本作はインディ・ジョーンズにたとえられている。

文庫本一冊でシンプルに完結したミステリーとしてかなり面白い。インディ・ジョーンズとは少し違うように思える。本作の事件は全世界に影響を与えているが、インディ・ジョーンズが巻き込まれる事件は一貫して秘密作戦だからだ。

そういう意味では、むしろ社会実験的なSFの性質も帯びているような気がする。星新一的なすこし・ふしぎを感じた。

物価高で文庫本も安くはない。金銭的な手軽さは減ったが、それでも移動中にさっと取り出せる身軽さは文庫本の強みだ。本作を手に乗る電車は単なる移動手段ではなくなった。


今年もいい本と出会うことができた。来年はもう少し節制して少数精鋭で、しかしアンテナを畳むことのないよう気をつけて本を探していきたい。

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